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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)7号 判決

一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

二 前記当事者間に争いのない本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証(本願発明に係る公開特許公報)、第三号証(昭和五九年四月二日付手続補正書)を総合すれば、本願発明は、歯窩洞の充填等に用いられる歯科用セメントを形成する混合用成分(セメント粉末と硬化剤)の構成に関するものであること、従前、歯科用セメントとしては、酸化亜鉛(セメント粉末)とポリアクリル酸水溶液(硬化剤)からなるカルボキシレイトセメント、シリカガラス粉末(セメント粉末)とりん酸水溶液(硬化剤)からなるけい酸塩セメント等があつたが、これらはいずれも、外観、機械的強度又は歯髄への影響のいずれかの点で欠点を有し、また、これらの点や硬化特性において優れるガラスイオノマーセメントも、従前のものは歯のエナメル及び象牙質に対する接着性が不十分であるとの欠点があつたこと、本願発明はガラスイオノマーセメント(なお、成立に争いのない甲第九号証(一九七三年発行のBRITISH DENTAL JOURNAL)の三二二頁によれば、ガラスイオノマーセメントは、イオン浸出性ガラスとポリ酸、殊にポリカルボン酸との間の硬化反応に基づくセメントであることが認められる。)に関するものであるが、以上のような従前の歯科用セメントに存する欠点をいずれも解消し、優れた機械的強度、硬化特性、外観及び生理特性を有するとともに、優れた接着性を有する歯科用セメントを提供することを目的として、前記本願発明の要旨のとおりの構成、すなわち、歯科用セメントの混合用成分として、カルシウムアルミニウムフルオロシリケイトガラス粉末(セメント粉末)とマレイン酸単位八〇ないし三五モル%、アクリル酸単位二〇ないし六五モル%のマレイン酸―アクリル酸共重合体(硬化剤)の水溶液又は粉末とからなる構成を採択したものであることが認められる。

三 取消事由に対する判断

1 取消事由(1)について

(一) 成立に争いのない甲第六号証(引用例)によれば、引用例には、本願発明と同様、歯科用セメントを形成するセメント粉末と硬化剤の組成に関する発明が記載されているが、右のうちセメント粉末に関しては、「まず酸化珪素含有セメント粉末であるが、酸化珪素を含有するものである限りその含有率は勿論のこと、他成分併用の有無並びに該他成分の種類及び含有率については制限を受けない。……他の成分としては、……酸化亜鉛を併用すると、セメント組成物の崩壊性を一段と効果的に抑制できるので有利である。前記他成分の他の例としては、……硬化剤との水和混練時における反応性向上剤があり、代表的なものとしては酸化アルミニウム、弗化アルミニウム、氷晶石、弗化カルシウム等の無機弗化物、燐酸アルミニウムが例示される。更に他の成分としては酸化マグネシウムが挙げられ、これは前記セメント粉末調整時に焼結体の粉砕性を改善させる機能を有する。」(五頁左下欄五行ないし同頁右下欄八行)、「次に本セメント粉末は……歯科用セメントとしての強度を維持する上である程度の焼成処理を施こしておくのが好ましい。焼成条件も制限はないが、通常は一〇〇〇~一二五〇℃の温度で焼成し、焼成時間は一時間以上好ましくは二時間程度が推奨される。得られた焼成物は結合した大きな固まりになつているので粉砕しなければならないが……一般的にはジエツト粉砕法を適用することが推奨される。」(六頁右上欄一四行ないし同頁左下欄四行)との記載があり、また、実施例中で用いられているセメント粉末もすべて、原料成分の混合物を一一〇〇ないし一二五〇℃で一・五ないし二時間焼成した後、これをジエツト粉砕したものであることが認められる。

(二) しかして、ガラスが、原料成分を溶融して均一溶融物となしたうえこれを冷却して得られる無定形(非結晶性)の無機重合体であるのに対し(この点では本願発明のカルシウムアルミニウムフルオロシリケイトガラス粉末も同様である。)、焼成は、一般に、溶融温度に達せず原料粉末が固体状態を維持する程度の比較的低温処理をすることを意味する点は当事者間に争いがなく、右事実や成立に争いのない甲第一三号証(昭和四六年・岩波書店発行の「岩波理化学辞典第三版」)の七一八頁及び七六一頁によれば、普通のガラスであるソーダ石灰ガラスや石英ガラスの溶融温度は一四〇〇から一八〇〇℃と、引用例が推奨する前記焼成温度よりも相当高温であることが認められることに照らせば、前記認定の引用例の記載には、引用例の「歯科用セメント粉末」は、原料成分の混合物をガラスにならない程度の比較的低温で焼成して製造されるものであることが示されているものと認めることができる。

(三) もつとも、被告は、引用例にも、そのセメント粉末がガラス粉末となる点が記載されている旨主張し、その根拠として、特開昭四九―一八一四二号公報及び特開昭五〇―五四六四二号公報中のフルオロアルミノシリケートガラス粉末(本願発明のカルシウムアルミニウムフルオロシリケイトガラス粉末と同一のものであることにつき、当事者間に争いがない。)に関する記載(特に各実施例1)と引用例の特許請求の範囲(昭和五三年一月一〇日付手続補正後のもの)第二、第三項の記載を援用しているので、この点について検討する。

成立に争いのない甲第一〇号証(特開昭四九―一八一四二号公報)、第一一号証(特開昭五〇―五四六四二号公報)によれば、甲第一〇号証の公報には、「フルオロアルミノシリケートガラスは、九五〇℃以上の温度において、適当な割合の、シリカ(sio2)、アルミナ(Al2o2)、氷晶石(Na3)AlF6)、蛍石(CaF2)の混合物を溶融することにより、造ることができる。」(五頁右下欄九行ないし一四行)との記載がある他、実施例1についての記載中に「フルオロアルミノシリケートガラス粉末は、シリカ一七五重量部(なお、五頁右下欄三行ないし六行にフルオロアルミノシリケートガラス粉末中のシリカ対アルミナの重量比は一・五対二と記載されていることからみて、七五重量部の誤記であると解される。)、アルミナ一〇〇重量部、氷晶石三〇重量部、フツ化カルシウム二〇七重量部、フツ化アルミニウム三二重量部、およびリン酸アルミニウム六〇重量部を共に混合し、そして、一一五〇℃の温度に加熱することにより……造ることができる。ガラスは……粉砕される。」(六頁右下欄三行ないし一一行)との記載があることが認められ、甲第一一号証の公報の三頁左下欄一六行ないし二〇行、四頁右下欄七行ないし一四行にも、同様の記載(ただし、シリカの重量部については七五重量部と記載されている。)のあることが認められる。

これに対し、前掲甲第六号証によれば、被告指摘に係る引用例の昭和五三年一月一〇日付手続補正後の特許請求の範囲第二、第三項には、「酸化珪素を含有する歯科用セメント粉末の成分が、酸化珪素七〇~二四〇、酸化亜鉛五〇~二二〇、酸化アルミニウム一〇〇、弗化アルミニウム〇~一〇〇、燐酸アルミニウム〇~一三〇、氷晶石〇~一五〇、弗化カルシウム五〇~一五〇(重量部)の組成比率からなる……組成物」(第二項)、「歯科用セメント粉末は、各成分からなる混合物を一〇〇〇~一二五〇℃の範囲で少なくとも一時間焼成し、……微粉砕したものである特許請求の範囲……二項記載の組成物」(第三項)との記載があることが認められる(なお、同号証によれば、明細書の発明の詳細な説明の項(ただし、昭和五二年一一月七日付手続補正書記載のもの)には、前記特許請求の範囲第二項と同一の組成及び組成比率が示されており、また、公開当初の特許請求の範囲第二、第三項にも、酸化珪素、酸化亜鉛の組成比率がそれぞれ七〇~二〇〇、五〇~二〇〇、焼成時間が二時間とされている他は、前記特許請求の範囲第二、第三項と同様の記載がある。以下、特に断らない限り、特許請求の範囲については昭和五三年一月一〇日付手続補正前後のものを含む。)。

以上によれば、被告主張のように、両者の組成は、酸化亜鉛が引用例にのみ含まれている点を除けば一致するし、酸化亜鉛を除いたその余の成分の組成比率についても、前記各公報のフルオロアルミノシリケートガラス粉末の組成比率は、フツ化カルシウムを除けば前記引用例の特許請求の範囲第二項に示された組成比率の範囲に包含され、その加熱温度も同特許請求の範囲第三項記載の加熱温度の範囲内であることが認められる。

しかしながら、前記公報記載のフルオロアルミノシリケートガラス粉末(カルシウムアルミニウムフルオロシリケイトガラス粉末)は、硬化剤と混合するガラスイオノマー形成用粉末の一つとして本出願前に当業者に周知であつたとはいえ(この点は当事者間に争いがない。)、本件においては、その具体的な組成、組成割合及び製造条件のすべてが周知であつたことまで確認するに足りる証拠はなく、その点を措いても、前記のように、ガラスは原料成分を溶融して均一溶融物となしたうえこれを冷却して得られるものであるところ、前掲甲第一三号証、殊に一三五九頁の記載によれば、原料成分の融解(溶融)点は混合成分の種類、割合のほか圧力等の種々の条件によつて変化するものであることが窺われることに照らせば、前記フルオロアルミノシリケートガラス粉末の例は特定の条件の下でのガラス化のケースと解さざるを得ず、また、前記のとおり、焼成は一般にガラスを製造する場合の処理方法を示すものとは解されず、前記引用例の特許請求の範囲第二項にもその「歯科用セメント粉末」が原料粉末の混合物を焼成して製造するものである旨明記されているにもかかわらず、被告主張の如く、単に、両者が、組成及び組成比率において類似しており、加熱温度においても差異がないことのみを根拠として、直ちに、引用例においても、その「歯科用セメント粉末」がガラス粉末になり得る点が記載されていると解することは、到底できないものといわざるを得ない。

(四) そうであれば、審決が、引用例記載の「歯科用セメント粉末」をもつてガラス粉末と認定した点は、誤りというべきである。

2 そして、前記審決の理由の要点の記載に徴すれば、審決が、右誤認を前提として爾後の判断をしているものであることは明らかであるから、この点は審決の結論に影響を及ぼすものというべきであり(なお、ガラス粉末に関する審決の認定が誤りであれば、右誤認が審決の結論に影響を及ぼすべきこと自体は、被告もこれを認めるところである。)、そうであれば、原告のその余の主張について判断するまでもなく、審決は違法として取り消されるべきである。

三 よつて、原告の本訴請求を認容する。

〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。

(a) マレイン酸―アクリル酸共重合体の水溶液より成る混合用液体成分又は(b)カルシウムアルミニウムフルオロシリケイトガラス粉末とマレイン酸―アクリル酸共重合体との粉末混合物より成る混合用固体成分のいずれかであるカルシウムアルミニウムフルオロシリケイトガラス粉末の混合用成分において、該共重合体がアクリル酸単位二〇乃至六五モル%およびマレイン酸単位八〇乃至三五モル%を含むことを特徴とする混合用成分。

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